2018年05月20日
出た!

出た!といっても幽の字の話にはまだだいぶ早すぎる。渓流の釣りで出た!といえば尺物のことかクマのことかと相場はきまっている。幸いにしてプーさんに会うことはなかったのでうれしいほうの出た!ということになる。
前回この渓を訪れたときは先行者の車が止まっていたことに嫌気がさして上野村にエスケープしたのだった。今回はなんとか一番乗りを、と祈るような気持で車を走らせたが、着いてみるとまたもや先行者と思われる車がすでに止まっていた。しかしこの車には見覚えがあった。前の前のとき、先行者がいるのは承知で入渓したがお目当てのポイントへむかう途中でこの車の持ち主に出あったのだった。 しばらく立ち話をした後、私は下流にとってかえしたのだが、時期が早かったこともあっていい釣果にはめぐまれなかった。
どうもあのときの車のようだった。だとすれば持ち主はかなり上流へ行ってから入渓するだろうと推測した。あれから季節も進んだことだし下流からはじめても何とかなるだろうと、今回はこの渓で釣ることにした。
がんばって早く来たために時刻はまだ7時前だ。本来なら40分ほど歩いてから釣りはじめるところだが、いきなり川に立つことになってしまった。この日は下界は30℃ちかくまで気温が上がる予報で、歩くことも考えて今季初のウエットウェーディングの装備で来ていた。ウエーダーも持ってきてはいたのだが、すでに「その気」になっていたのでウエットスタイルで川に立つことにした。気温、水温ともに10℃をやや上回るくらいだった。
やはり水は冷たかった。しばらく水に浸かっているとどうにも足が痛くなってくるので、あまり立ち込まないようにして探りを入れていく。
しかし、この時間まだドライフライには反応のかけらもない。いいと思われる時間帯は昼も近いころだろう。7時をすぎてしばらくしたころ下ってきた釣人に出あった。やはりこの前あった釣人だ。
もう帰ってきたのかと聞くと、4時からやってたんだ、という。今日は大きいのがよく出た、最大で28cmが出たとか。オレはちょうちん釣りだけど28cmのは毛ばりで出た、釣れるのはブドウ虫のほうが釣れるけどフライでもいけるんじゃないの、やってないとこだらけだからがんばってください、といって川を下っていった。それにしても朝の早い人だ、餌釣りのひとはみんなこんなに早いんだろうか?
4時から始めたといっても7時まで3時間と少々の時間ではおいしそうなところをひろって釣りあがるのがせいぜいだろう。フライフィッシングのゴールデンタイムはまだこれからだし、先行者のことはあまり気にしなくても良さそうだった。
とはいえ、昼ちかくなるまでは忍耐の遡行が続いた。お目当てのポイントまでは川沿いの小道をいけば40分ほどの距離を、ロッドを振りながらときおり道に上がってはまた川に降りることを4時間ほどかけて繰り返した。
ようやく渓魚からの反応を得ることができるようになってきたのは予想どおり11時に近づいたころだった。それでもフッキングには至らないし、魚は小さそうだった。
もう何度も流したイワナ好みのこんなポイントでこの日初めてのしっかりした反応があったのはちょうど11時になったころだった。
やっとイワナの顔を見ることができた。小ぶりだがなんとかファーストヒットを得ることができたところでランチタイムにした。
日当たりのいい乾いた川原に腰を下ろして新緑の緑に包まれているのはなんとも気持がよかった。これまでの釣れなかった時間のことも忘れそうになるほどだ。だがきっと本番はこれからなんだと言い聞かせるようにして腰を上げた。
それからの1時間ほどの間、あきらかにこれまでとは違うイワナの活性を感じた。
大小取り混ぜてだが4匹のイワナが釣れた。
落ち込みから開きへかかる流れの脇に泡の浮かぶ反転流があった。落ち込みの両サイドがおいしそうに見えたが、まずはこの泡を試してからだ。水深があるわけではないので必ずいる、と確信できるほどではなかった。いてもそう大きくはないだろうとも思った。ぐるぐるまわり続ける泡に埋もれたフライはオレンジのインジケーターが辛うじて視認できる。
泡に包まれたフライは浮力を失ってやがては先に沈んだティペットに引きずられるように沈んでしまうことが多い。キャストしてしばらくの間、泡といっしょにぐるぐる回ってやがて沈む、これを何度か繰り返して魚が出てこなければ「いないね」という捨て台詞とともにこのポイントをあきらめる。フライが沈むことによってあきらめがつくのだが、なぜかこの泡の中のフライはなかなか沈もうとしない。1分待ったか、いや2分はたっていたか。もう「いないね」という気持は確信にまでなってきて向こうの落ち込みの脇をねらいたいのだが、沈まないからあきらめるきっかけがつかめない。もういいかげんに沈んじまってくれ、と思ったそのとき、泡の中央部あたりがモコッと盛り上がった。
「出た!」
「いないね」に対するならば「いた!」というのが正しいようにも思うが、この場合はやはり「出た!」なのだ。泡の浮いた水面がモコッと盛り上がって川の主の物の怪が出現するわけではもちろんないがそれでもやはり「出た!」なのだ。
水面に姿を見せることもなくフライを飲み込んだイワナの引きは強かった。水面下にちらっと見えた黒っぽい魚影は半端な大きさではなかった。上流の落ち込みに向かって走るイワナをロッドをためてこらえると反転して下流にダッシュしたのを先回りして瀬尻ですくいあげた。
33cm、尺上のイワナだった。「いないね」とあきらめていたら出会うことのなかった大物だ。
大きな目が優しげな表情はメスのイワナだろう。いかついオスの猛々しさはなくほっそりとしているがそれでも堂々とした魚体だった。もうほかの釣人には釣られずにまた産卵して大きくなる遺伝子を残してくれればいい。
このあとも爆釣とはいかなかったが、ポツポツとヒットが続いた。
落ち葉の堆積したごく浅いたるみ、ここにはいそうな気がした。ど真ん中に一発でふわりとフライを落としたい。慎重にねらいをさだめてキャスト、ねらいどおりにうまく着水したフライを水面に鼻先を見せたイワナがゆっくりとくわえた。
今度は「出た!」というよりも「やっぱりいた。」という言葉が似合う気がした。8寸ほどのいいイワナだった。このイワナを最後にロッドをたたんで川を下った。朝のうち10℃ちょっとしかなかった水温はこのころには13℃ほどになってもう冷たさは感じなくなっていた。川沿いの小道はアップダウンが多くウエーダーをはいていなくてもすぐに汗が噴き出した。それでも尺イワナを手にしたおかげで気分の高揚は続き、つらい帰り道の苦労もあまり気にならなかった。
この日はまた上野村まで大きく移動してヴィラ裏の川原でキャンプをした。ヴィラの温泉に浸かってビールをちょっと飲んだあと少しだけロッドを振った。
思ったより水量があってライズは見えなかったが2匹のヤマメを釣った。
翌朝、朝飯を食っていると気の早い釣人がもう釣りはじめていた。3人ばかりの釣人はフライ、ルアー、テンカラと三者三様の釣り方だった。
私もロッドを振ってみたが、まったく反応がない。隣のテンカラ師の竿はときおり曲がっていた。
そのテンカラ師が近づいてきて「失礼ですけどブログをやってる方ですか?」と声をかけてきた。「ええ、ブログはやってます。」と答えると「趣味はフライフィッシングというブログですよね、いつも見てますよ。」ということで気恥ずかしいながらもうれしかった。 神流川で会うことができたらハックルスタッカーのフライをぜひ1本もらいたくて、とのことだったので、お互いのフライを交換した。
この日の釣りはまったくいいところがなく浮かせても沈めてもダメだった。かのテンカラ師はこの日14匹を釣り上げたそうで、私もテンカラ風にマーカーをつけずにニンフをちょんちょんと誘ってみたりしたが、テンカラのようにはいかなかった。辛うじて朝方つった1匹だけでどうにかボウズはまぬがれたのがやっとだった。
仕方がない、前日の尺イワナで2日分の釣運は使い果たしたのだな、と思いながら帰路につくことにした。

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Posted by wind knot at 10:41│Comments(6)
│フライフィッシング
この記事へのコメント
見事な尺イワナ。半開きの口元にさえ迫力を感じます。
ブログファンとの出会いもあり、素敵な釣行になりましたね。羨ましい限りです。
ブログファンとの出会いもあり、素敵な釣行になりましたね。羨ましい限りです。
Posted by カチーフ at 2018年05月20日 10:55
カチーフさん、こんにちは。
今シーズン、一般渓流では初の尺でした。泡はひたすら待ち続けることですね。時々、ブログ見てますという方に出会いますがやっぱりうれしいですね。
今シーズン、一般渓流では初の尺でした。泡はひたすら待ち続けることですね。時々、ブログ見てますという方に出会いますがやっぱりうれしいですね。
Posted by wind knot
at 2018年05月20日 11:14

こんにちは、ハックルスタッカー私の毛鉤殿堂入りです。
Posted by ハイブリッドテンカラN at 2018年05月20日 13:06
ハイブリッドテンカラNさん、こんにちは。
先日はありがとうございました。私もテンカラ的な誘いの
釣りをやってみたくなりました。
先日はありがとうございました。私もテンカラ的な誘いの
釣りをやってみたくなりました。
Posted by wind knot
at 2018年05月20日 13:14

尺イワナゲット、おめでとうございます!
泡の中でいつまでも、いつまでもグルグル回るフライ…
ついに我慢できなくてなって、出てきたのでしょうね。
何とも優し気な目の尺メスイワナ、忍耐で出会えましたね ♪
泡の中でいつまでも、いつまでもグルグル回るフライ…
ついに我慢できなくてなって、出てきたのでしょうね。
何とも優し気な目の尺メスイワナ、忍耐で出会えましたね ♪
Posted by jbopper
at 2018年05月28日 08:12

jbopperさん、ありがとうございます。
まさかこんな大物が潜んでいるとはまるで思ってもいなかったんです。息をつめて出会いを待つ、みたいな気はなくていつまで回ってるんだろ、ぐらいな感じでした(*´∀`*)
まさかこんな大物が潜んでいるとはまるで思ってもいなかったんです。息をつめて出会いを待つ、みたいな気はなくていつまで回ってるんだろ、ぐらいな感じでした(*´∀`*)
Posted by wind knot
at 2018年05月28日 21:01
